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宮城教育大学

毎日新しいものを見つける子どもの目を通して、世界を見つめ直す。

大人の目から見ると何ということはないことでも、子どもたちにとってはすべてが発見です。
そういうフレッシュな気持ちを忘れていたなと思います。

陶芸というと画廊や美術館にある大きなお皿や壺を思い浮かべます。
そういったものを作っている先生が幼稚園の園長先生になりました。
「ここに来て良かった」と穏やかに語る先生にお話をうかがってきました。

先生の研究・活動について教えてください。

 私は陶芸家ですので、大学の授業では陶芸の実技が多いです。ろくろを使った成形から手びねりなど基本的なことを教えています。また図画工作を通して小学校の美術教育や幼稚園も使えることを指導しています。
 園長をやりながら授業も持っているので、頭の切り替えが難しいですね。幼稚園に来るのは週2日なのですが、会議や出張、挨拶なども多く、その用意もありますので、いろいろなことがぎゅっと詰め込まれた2日間です。最近ようやく慣れてきました。

どのような作品を作っておられるのですか?

 主に伝統工芸なので皿や壺などですが、「サンドブラスト」という手法を取り入れています。表面の釉薬に、エアガンで砂を当ててぼかしを入れる、元々はすりガラスの技法です。大学を終えて文部省(当時)の研究員としてアメリカに行った時に向こうで見てやり始めました。日本でやっている人は非常に少ないと思います。今年の5月に中国の東北師範大学校(宮城教育大学の姉妹校)で講演を頼まれてこの話をしたのですが、学生たちも興味を持ち、質問がたくさん出ました。
 幼稚園では子どもたちの前でこういったお面を作りました。粘土を叩いて板にして、30分くらいで作ったのですが、子どもたちは大喜びどころか大騒ぎでしたね。

小さいころから図画工作などが好きだったんですか?

 そうですね。地元の四日市市に萬古焼(ばんこやき)という焼き物の産地があるのですが、幼稚園くらいの時に工房に連れていってもらい、そこでろくろを回したり、粘土をもらってきて何か作っていた記憶があります。進路を決める頃は景気の良い時代で、美術にも夢がありました。陶芸をやれば何か満足感を得られるのではないかと思い、また粘土という素材を選んだのは、もしかしたらその子ども時代の経験も影響したのかもしれませんね。
 陶芸は形を作って色を塗って終わりではなく、高い温度で焼くので、上手くやらないと粘土が暴れるんです。なのでなかなか満足できるものができない。逆に考えれば、最終的に火という自然の力を借り、自分の力が及ばないものがプラスされて、面白いもの美しいものができ上がるから面白いとも言えますね。

こちらの幼稚園ではご専門の授業はやりましたか?

 毎年「親子で楽しむ陶芸教室」をやっています。今年は親子でお皿を作ったのですが、親御さんが形を作って、お子さんがその表面に模様を描いたり、削ったり叩いたりして、親子でひとつのものを作りました。そしてお皿が焼き上がったら、白玉団子を作ってそのお皿を使って食べて楽しむところまでやりました。陶器は使ってこそなので、大学の授業でも作品を自宅に持ち帰り、自分で作った料理を盛り付けて、写真を付けてレポートさせています。ご家族から作品を褒められることが励みになりますし、実際に使うことでわかることが次の作品にフィードバックされていきます。
 陶芸以外では「もんきり遊び」という紙工作もやりました。私が子どもの頃、障子に空いている穴に、もったいないからと紙を桜の形などに切って貼りましたね。そういったことを教科書ではなく、親から子へ伝承していくことが大事だなと思っています。

幼稚園は3月までですが、今後やってみたいことを教えてください。

 2冊目の絵本を作る予定です。1冊目の『おもいで』は幼稚園の普段の生活を描いたものです。ここに来て子どもたちと過ごしていて、面白いことがたくさんありました。卒園した子どもたちが何十年かして、幼稚園を思い出すことをイメージして作りました。
 2冊目はプールの裏にあるアオギリの木にまつわるお話です。アオギリは葉っぱに実がなるので、上から手を離すと螺旋を描いて落ちるんです。ご自身もそうやって遊んだ幼児教育の佐々木孝子先生が、アオギリの葉っぱで遊ぶ子どもたちの会話を文章にしてくださったので、それを絵本にしてみたいと考えています。
 幼稚園に来なければ絵本を作ろうとは思わなかったし、陶芸という狭い範囲だけだったと思います。大人の目から見ると何ということはないことでも、子どもたちにとってはすべてが発見です。だから毎日が新鮮で楽しいんでしょうね。そういう感性、フレッシュな気持ちを私は忘れていたなと思います。ここに来て良かったですね。

ままぱれ読者にアドバイスをお願いします。

 私には2歳3ヶ月の頃の記憶があるんです。もう自分の先が長くないとわかっていた祖母が、私の手を握って「もうお別れだね。」と涙したんです。子ども心に「おばあちゃん、なんでそんな悲しいこと言うの?泣かないで。」と言いたいけれど言えなかった記憶があるんです。大人からすると、その歳では何もわからないだろうと思っているでしょうが、大人と同じようにちゃんと理解しています。子どもというのは人生のスタートの人間なのだと捉えていかなければいけません。子どもだからわからないだろうというような、子どもだましは通用しませんね。
 子どもたちには様々な経験をさせることが大切だと思います。それも「こうすれば勉強ができるようになる」とか「スポーツができるようになる」と結果を求めるのではなく、純粋にいろんな経験をさせて、親御さんも一緒になって喜んだり楽しんだりすることが大事だと思います。
 幼かった私を萬古焼の工房に連れて行ってくれたことも、今思えば親が作ってくれたきっかけでした。そういう扉を開ける鍵をいろいろ与えれば、子どもたちの世界はどんどん広がっていくと思います。

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